Saturday 28 June 2014

Boboli Gardens (ボーボリ庭園)からの眺め、フィレンチェ

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秋冬物の仕込みのピークがやってきていて、ここ数日、ジュエリーの方の机に張り付きっぱなし、標本箱もなかなか更新できずじまい。
この週末超過労働で追い込みをかけてしまうと、ホリデー>風邪ひき後の、ずっと休みなしの仕事トンネルも抜けられるのではないかと・・・希望的観測。
なので、今回はあまり資料を調べることもできないので、フィレンチェのピッティ宮の裏に広がる、Boboli Gardens(ボーボリ庭園)のイメージなぞを適当に。
この庭園を訪れたのは、ホリデーも最終日。その日の午後のフライトでロンドンに戻る、その前の午前中に、2時間程度よってみただけ。なので、巨大なこの庭園の、ほんの3分の1程度しか見ることができなかった。
あとで、グロットーとかメインの噴水とか、見逃したものの多さに呆れるが・・・、いやいや、フライト乗り逃すよりは、見逃す方がマシというもの・・・。


Boboli Gardens
まずは、ピッティ・パレスを裏の庭側から。

Boboli Gardens
こういうクラッシック様式が本場のイタリア。

Boboli Gardens

Boboli Gardens
小高い丘の斜面に庭がある状態なので、
ひたすらどんどん階段をあがる。
こんなにすいている・・・はずもなく、
これはひとえにポスト・プロセスの成果。

Boboli Gardens
実際は、こんな感じ。
ちょっと息が切れるけれど、眺めは素晴らしい。
ちょうど、丘の上の聖ミニアト聖堂に、
連なる丘の上に登ってきていることになる。

Boboli Gardens
この噴水池の主はネプチューン氏。
自分の池の掃除しているようにしか見えない?

Boboli Gardens
この階段を登り切ったところに、
テラス状になったバラ園がある。
残念ながら、バラには少し早すぎ。

Boboli Gardens
ちょうど満開なのは、Kerria(ケリア=山吹・・・だと思う)。

Boboli Gardens
珍しいクリーム色。

Boboli Gardens
この建物は、陶磁器を展示しているセクション。

Boboli Gardens
で、ここからの眺めが最高。

Boboli Gardens

Boboli Gardens
オリーヴの木に糸杉、あぁもう、北の国の住人を、
夢見がちな目にさせる、要素満載。

Boboli Gardens
初めてイタリアに来たのに、
絵画でよく見るせいだろうけれど、
とても懐かしく感じてしまう風景。

Boboli Gardens

Boboli Gardens
この庭園の端が、フィレンチェを取り囲む城壁に連なっている。

Boboli Gardens
その、陶磁器博物館も少し覗いてみる。

Boboli Gardens

Boboli Gardens
これは帰り道に、フィレンチェの中心部を見たところ。
結局見れずじまいのドゥオーモを、高台から眺める。

Boboli Gardens
もうワン・ショット。

Palazzo Pitti to Boboli Gardens
最後に、ピッティ宮の正面のイメージを。



Boboli Gardens (ボーボリ庭園)
Piazza Pitti - Firenze

公開時間、料金等は英文で<このページ>に。

地図:

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Wednesday 25 June 2014

Santa Maria del Carmine (サンタ・マリア・デル・カルミネ教会)


フィレンチェ話、今回もまた、ややマイナー目の教会のイメージを。

サン・スピリト日曜マーケット<このページ>やら、サン・スピリト博物館<このページ>の後、ウチの一行は、毎度のことながら、滞在していたオルネ川南岸・オルトラルノ地区をうろついていた。
マーケットも見たし、雨宿りでミュージアムも見たし、ランチも食べた。 さて、次はどこへ行こうかというので、ホリデー・フラットのオーナーが教えてくれた、「フレスコ画で有名なチャペル」のある近所の教会に行ってみよう、ということになった。
その教会が、Santa Maria del Carmine (サンタ・マリア・デル・カルミネ教会)。

Santa maria del carmine side.JPG
"Santa maria del carmine side". Licensed under CC BY 2.5 via Wikimedia Commons.
相変わらず、外観を撮り忘れるので、またWikiからの借り物写真。
たどり着いたのはこの教会で、外観のファサードは、
18世紀の火災後の改修以来、未完成のまま残されているのだとか。
なので、いまひとつぱっとしない。

Santa Maria del Carmine, Florence
適当にやって来たにしては都合よく開いていたので、入ってみる。
中はこんな感じで、ロココ調。

Santa Maria del Carmine, Florence
え?このロココな天井画のこと?
フィレンチェでロココ見るのもなぁ・・・。
などと、なにが見どころなのか、未だによく分かっていない。

Santa Maria del Carmine, Florence
Alter(祭壇)もバロックだし・・・。
で、なにげに横のチャペルを覗いてみると、

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
おぉ、これはこれは、かなり古げな・・・ルネッサンス。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
で、柱部分を見ると・・・マサッチョの「楽園追放」ですがな。

ここで初めて、教会に立ててある英文解説をしげしげと読む。
このチャペルは、1386年に富裕商人Piero Brancacci.(ピエトロ・ブランカッチ)の発注で建造されたチャペルなので、Brancacci Chapel(ブランカッチ・チャペル)と呼ばれている。
チャペルを引き継いだ、甥のFelice Brancacci(フェリス・ブランカッチ)が1424年頃に、四面構成のフレスコ壁画「聖ペトロ伝」を寄進した。
そもそもは、Masolino(マソリーノ)が発注を受けてとりかかり、マソリーノの弟子(推定)、Masaccio(マサッチョ)がアシストしていたと考えられているが、途中2年ほどマソリーノがハンガリー王の要請で、ハンガリーに「出張」している間に、大多数の部分がマサッチョによって描かれていた。
マサッチョはパースペクティヴを最初に使いこなしたルネッサンス画家と考えれれているが、マソリーノがブランカッチ・チャペルの制作に戻ってきた時にも、以前の弟子のマサッチョから学ぶところが大きかったと言われている。
その後、マサッチョはローマに呼ばれ、チャペルの完成を見ずにローマで26(27とも)歳の短い生涯を終えることになる。
一方、マソリーノも1440年頃に亡くなったため、この一連の壁画は1480年代にFilippino Lippi(フィリッピーノ・リッピ)によって最終的に完成された。
というような、かなり、ルネッサンス・オールスター・キャストの壁画だったということを知る。

ちなみに、この「楽園追放」、17世紀のトスカーナ大公コジモ3世・デ・メディチの指示によって、アダムとイヴの「局部」を葉で覆うように上描きされてしまっていたが、1980年台の修復時に取り除かれて、元のままの状態に戻されている。


Masaccio-TheExpulsionOfAdamAndEveFromEden-Restoration.jpg
"Masaccio-TheExpulsionOfAdamAndEveFromEden-Restoration" by Masaccio - Transferred from en.wikipedia
Original source: [1]. Licensed under Public domain via Wikimedia Commons.


遠い昔、美術の教科書で見たのは葉っぱ付きヴァージョンだったように覚えている・・・私の歳はいくつだ、全く。
それにしても、修復前・後の鮮やかさの違いには驚かされる。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
これは、左壁面上部マサッチョによる「The Tribute Money貢の銭)」のシーン。
「税金未払いだろう?」と、徴税人(スカート男)に迫られたジーザス先生一行。
奇跡を起こす気充満の先生、「魚を捕ってその口の中を見てみなさい。」
元漁師ピーター(聖ペトロ)の本業なので、難なく捕まえたら(左のシーン)、
魚の口から銀貨が出てきた。
で、それで支払いを済ませて、事なきを得た(右のシーン)という話。
パースペクティヴ得意のマサッチョがもしかして、
Halo(光輪)を、頭に載せた「皿」状に、
パースペクティヴつけて描いた最初の画家?などと思ったりして・・・(笑)。

この絵に関して、かなり詳しい評論ヴィデオ(米語)を見つけたので、
ここにエンベッドしておくことに。



Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
その下の、The Raising of theophilus's son
(テオフィロスの息子の蘇生:中央~左:マサッチョ、フィリッピーノ・リッピ加筆)
ブランカッチ一族の肖像が多く描かれていたために、
後年敵対勢力によって破損されたものを、
フィリッピーノ・リッピが修復した、とも考えられている。
St. Peter Enthroned
(聖ペテロの即位:右 :マサッチョ)

左端の柱部分:
St Paul visits St Peter in Prison
(獄中の聖ペトロを見舞う、聖パウロ :フィリッピーノ・リッピ)

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
チャペル正面壁、左上のSt. Peter Preaching
(聖ペトロの説教: マソリーノ)
ほら、これはマソリーノの手なので、
光輪がまだ中世風に、平たい円形で描かれている。
そして、全体に表情が硬いというか、静かというか。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
チャペル正面壁、左下 St Peter Healing the Sick with his Shadow
(聖ペトロが影で病人を治す :マサッチョ)
町並みが、今でもそのまま。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
チャペル正面壁、右上 Baptism of the Neophytes
(新参入者の洗礼 :マサッチョ)
ちょっと寒そう・心配そう・・・な描写がとてもリアル。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
チャペル正面壁、右下 The Distribution of Alms and the Death of Ananias
(施し物の分配とアナニアスの死 :マサッチョ)
原始共産制的な初期キリスト教システムでは、
参入者は資産を供出するようで、
こっそり不動産裏地を隠し持とうとしていた
アナニアスと妻は聖ペトロに見ぬかれて、
息が絶えてしまった・・・という怪談。

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
チャペル、右壁面上部 Healing of Cripple , Raising of Tabitha
(左:足萎えの治癒、右:タビサの蘇生 : マソリーノとマサッチョ)

右端の柱部分:The Temptation (誘惑: マソリーノ)

Cappella dei Brancacci - Brancacci Chapel
右壁面下部 The Crucifixion of St.Peter, 
St.Peter and Simon Magus before Nero
(左:聖ペトロの十字架処刑、
右:ネロ帝の前の聖ペトロとシモン・マグス: フィリッピーノ・リッピ)
ペトロンの名前のついた十字架・・・というのは、逆さ十字のことなのだった。
アーチの左下でこっちを向いているのは、
フィリッピーノ・リッピの自画像といわれている。
私の写真では、見えやしないので・・・、
Wikiから借りてきた。
Filippino Lippi 007.jpg
"Filippino Lippi 007" by Filippino Lippi - The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.. Licensed under Public domain via Wikimedia Commons.

なかなかイケメンである(自画像だから、なんとも・・・笑)。

右端の柱部分:The Liberation of St.Peter
(聖ペトロの監獄からの救出: フィリッピーノ・リッピ)
ヘロデ・アグリッパ1世に投獄された時は、
ちゃんと天使が救出に来てくれたのだけれどね。


丁稚彫刻家時代のミケランジェロが、ここのマサッチョを模写して勉強した・・・という話は有名らしい。
ここで、ライバルの仲間、Pietro Torrigiano(ピエトロ・トリギアーノ)のデッサンが「イマイチ」的な余計なことを言って、(鼻骨が折れて)一生鼻が曲がるほどのパンチを食らわされたのも、このブランカッチ・チャペルでの出来事だそう。
それが原因で、ピエトロ・トリギアーノはフィレンチェから放逐され、やがてイギリスにやってきて、イギリスに最先端のイタリア・ルネッサンスを伝えることとなったのだ・・・とかいう話。 意外と世界は狭い。


Santa Maria del Carmine 
(サンタ・マリア・デル・カルミネ教会)

Piazza del Carmine 14

公開:平日(火曜閉館)10:00am-17:00pm、日曜・祭日13:00pm-17:00pm、
1月1日、1月7日、イースター、5月1日、7月16日、8月15日、12月25日閉館。

大人:6ユーロ、18-25歳・65歳位以上・大学生(要証明):4.5ユーロ、18歳以下:無料

ということなんだけれど・・・ウチの一行は、
教会側から入場料も払わずに入ってしまったんだけれど?
どこで入場料取っていたのかな?

地図:

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Saturday 21 June 2014

Museo Bardini(バルディーニ博物館)


フィレンチェから、今回はルネッサンス装飾美術工芸に特化した、Museo Bardini(バルディーニ博物館)のイメージを。

この博物館は、19世紀後半の、美術工芸品ディラー、鑑定家、修復師Stefano Bardini(ステファノ・バルディーニ)が、自宅兼ギャラリー兼ワークショップを、1922年にコレクションごとフィレンチェ市に遺贈したのを受けて、1923年より博物館としてオープンしたもの。

Museo Bardini
エントランスを入ったグランドフロア(1階)の部分。
建物自体は、1881年に使用されなくなった教会と付属修道院の建物を、
バルディーニが買い取って、改装したもの。
なので、その教会からの建築ディテールが存続している部分もある。

Museo Bardini
もっと大規模だけど、V&Aのルネッサンス室を連想したりする。

Museo Bardini
その一角にあった、天使君。

Museo Bardini
階段を上がって、中二階の部分へ。

Museo Bardini
マドンナのホールと呼ばれる部屋。
マドンナ達と、Cassone(カッソーネ)と呼ばれるチェストを展示。
このバルディーニ氏、ルネッサンス絵画・彫刻と同時に、
このカッソーネの修復・販売にも特化していたのだそう。

Museo Bardini
そのマドンナ達。
ここにあるのは、テラコッタ彩色のもののよう。

Museo Bardini

Museo Bardini
上階の部屋にもマドンナ。

Museo Bardini
この部屋には、他にも建築模型やら、額縁。

Museo Bardini
こうやって額縁ばかりを並べるのも、壁面装飾としては、
妙にすてきかも・・・などと思うのだった。
ただし、額自体がイケてる必要はあるけれど。

Museo Bardini
これはさっきのマドンナの部屋の天井。
個々の建物の、天井装飾が濃厚。

Museo Bardini
この天井は上階の部屋の一つ。

Museo Bardini
上階の一室は、宗教彫刻を中心に展示されている。

Museo Bardini

Museo Bardini
静謐にして、表情豊か。

Museo Bardini
初期ルネッサンスっぽい素朴さが残っているけれど、
今にも動き出しそうな、幼子のジーザス先生。

Museo Bardini
ただただ、見て回って、目についたものを写真にとっていただけで、
いつの誰の作品か、全然裏を取ってこなかった。

Museo Bardini
でも、これは知ってる・・・見たことある。
名前が思い出せなかったけど、調べはついた。
Antonio Del Pollaiolo(ポッライオーロ)の大天使ミカエルだった。

Museo Bardini
展示室がつながる上階。

Museo Bardini
階段の一角には、タペストリーやラグの展示。

Museo Bardini
1階の部屋の一つには、

Museo Bardini
Della Robbia(デラ・ロビア)。
ちょうど日差しが綺麗に差し込む。

Museo Bardini
同じ部屋のエレガントなデラ・ロビア「天使と聖母子」。

地味だけれど、絵画より工芸、2Dより3D好きの私には、
なかなか楽しめた博物館だった。
そして、なにより混んでないし^^。


Museo Bardini(バルディーニ博物館)

Via dei Renai, 37 (Ponte alle Grazie)

開館:月・金・土・日 11:00am~5:00pm
ただし、1月1日、イースター日曜、5月1日、8月15日、クリスマス・ディの場合は閉館。

大人:6ユーロ、18-25歳・65歳位以上・大学生(要証明):4.5ユーロ、18歳以下:無料

地図:

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